日本のシンボル、富士山。
その麓に位置する山梨県は、今や世界中から旅人が集う「インバウンドの最前線」となっています。しかし、街で見かける賑わい以上に、データが示す数字はよりダイナミックな変化を物語っていました。
今回の記事では、最新の確定統計である「山梨県観光入込客統計調査報告書(令和6年)」および観光庁「宿泊旅行統計調査」を基に、山梨県における外国人観光客の動向を徹底解説します。まず、今回の調査で判明した「3つの驚き」から見ていきましょう。
この記事の3つの驚き
- 過去最多を大幅に更新
2024年の山梨県内における外国人延べ宿泊者数は、過去最多の255万人を突破。前年からほぼ倍増(前年比179.6%)という驚異的な伸びを記録しました。
- タイが初の「トップ3」入り
国籍別ランキングでは、中国・台湾に続き、タイが9.3%で3位にランクイン。韓国や欧米諸国を抑え、東南アジア勢が山梨観光の主要勢力として台頭しています。
- 圧倒的な「1極集中」の鮮明化
外国人宿泊客の95%以上が「富士・東部圏域」に集中。一方で、八ヶ岳エリア(峡北)の外国人宿泊は4,716人泊と、富士・東部エリアのわずか0.3%未満にとどまっています。
過去最高を更新した背景と「季節性」の強まり
山梨県のインバウンド市場は、単なる「回復」の域を超え、今まさに「急成長」のフェーズにあります。まずは過去10年間の推移を振り返ってみましょう。
外国人延べ宿泊者数の推移
| 年度 | 外国人延べ宿泊者数 | 前年比 | 備考 |
|---|---|---|---|
| H27(2015年) | 約125万人 | — | |
| H28(2016年) | 約137万人 | — | |
| H29(2017年) | 約161万人 | — | |
| H30(2018年) | 約196万人 | — | |
| R01(2019年) | 約205万人 | — | コロナ前ピーク |
| R02(2020年) | 約2万人 | — | コロナ禍 |
| R03(2021年) | 約17万人 | — | |
| R04(2022年) | 約36万人 | — | |
| R05(2023年) | 約142万人 | — | |
| R06(2024年) | 約255万5千人 | 179.6% | 過去最多・確定値 |
【データについての注記】
本記事のデータは「山梨県観光入込客統計調査報告書(令和6年・確定値)」に基づいています。また、外国人宿泊者数・国籍別構成については、観光庁「宿泊旅行統計調査」(確定値)の数値を参照しています。調査対象は、主に従業者数10人以上の宿泊施設です。
令和6年(2024年)の255万人という数字は、これまでの過去最高(2019年・205万人)を50万人も上回る、突出した記録です。
また、興味深いのはその季節性です。山梨県独自の推計(実人数ベース)では、10〜12月期の外国人宿泊が約72万5千人と年間で最多の四半期となっています。これは、かつての「夏の富士登山」中心の観光から、「秋の紅葉×富士山」という景観を目的とした観光へと、需要が通年化・シフトしていることを示唆しています。
国籍別ランキング:アジア勢の勢力図の変化と「本格回復」
山梨を訪れるのは、どこの国の人たちなのでしょうか。最新の国籍別構成比を見ると、アジア諸国の強い関心が見えてきます。
2024年 国籍別宿泊構成比(確定値)
| 順位 | 国籍 | 構成比 |
|---|---|---|
| 1 | 中国 | 23.4% |
| 2 | 台湾 | 17.5% |
| 3 | タイ | 9.3% |
| 4 | 香港 | 9.2% |
| 5 | アメリカ | 4.7% |
| 6 | シンガポール | 3.8% |
| 7 | 韓国 | 2.8% |
| 7 | オーストラリア | 2.8% |
| 9 | マレーシア | 2.6% |
| 10 | インドネシア | 2.5% |
| — | スペイン・インド・フィリピン等 | 約1.7% |
| — | その他(欧州各国・カナダ等) | 約11.0% |
| — | 国籍不明 | 3.7% |
1.中国・台湾の圧倒的存在感
中国、台湾、香港、韓国の「東アジア4カ国・地域」で、全体の半数を超える約53%を占めています。
特にトップの中国(23.4%)は、2023年8月の団体旅行解禁から1年が経過し、2024年は本格的な回復期に入ったことがこの高いシェアに直結しました。
2.タイが3位に浮上した「意外な理由」
注目すべきは、タイ(9.3%)の3位入りです。タイ、シンガポール、マレーシアなどの東南アジア勢の合計は20%を超えています。
タイの人々にとって、雪を冠した富士山は特別な憧れの対象です。SNSでの拡散に加え、日本への直行便増加や円安も相まって、タイからの旅行者が香港や韓国を上回る主要顧客層となりました。
3.欧米豪の層の厚さ
アメリカ(4.7%)を筆頭に、オーストラリア、フランス、ドイツ、イギリスといった欧米豪諸国も合計で約12%を占めています。
これら地域の旅行者は、長期滞在や文化体験を好む傾向にあり、県内観光の多様化において重要な役割を担っています。
圏域別データ:富士山周辺への「超・一極集中」とその構造
山梨県のインバウンドには、非常に顕著な地理的特徴があります。それは、特定のエリアへの圧倒的な集中です。
圏域別 外国人宿泊客数(令和6年推計・実人数ベース)
| 圏域 | 外国人宿泊(人泊) | 主な観光地・エリア |
|---|---|---|
| 富士・東部 | 約200.3万人泊 | 富士吉田市・富士河口湖町・山中湖・忍野 |
| 峡東 | 約6.7万人泊 | 石和温泉・勝沼 |
| 峡中 | 約2.5万人泊 | 甲府(武田神社周辺)・昇仙峡 |
| 峡南 | 約5,810人泊 | 身延山・下部温泉 |
| 峡北 | 約4,716人泊 | 八ヶ岳高原・甲斐駒ケ岳エリア |
※山梨県独自の推計値(実人数ベース)。観光庁の「延べ宿泊者数」(255万人)とは算出方法が異なります。
富士山周辺への「95%集中」の現実
データから明らかな通り、外国人宿泊の実質95%以上が富士・東部圏域に集中しています。さらにその内訳は以下のとおりです。
- 富士吉田・河口湖・三つ峠周辺:171.1万人泊
- 山中湖・忍野周辺:25.3万人泊
- 本栖湖・精進湖・西湖周辺:3.3万人泊
富士山北麓エリアの集客力は圧倒的であり、一方で八ヶ岳エリア(峡北)の宿泊数は富士・東部のわずか0.3%未満にとどまります。この極端な格差は、富士山ブランドの強力な引力の裏返しでもあります。
石和温泉が示す「温泉×インバウンド」の成功

富士山エリア以外で唯一、まとまった数字を出しているのが、峡東圏域の石和温泉(約6.5万人泊)です。峡東圏域全体の外国人宿泊のうち97%がここに集中しています。
石和温泉は甲府盆地の中心に位置し、富士山方面・甲府市街・昇仙峡のいずれにもアクセスしやすい地理的優位性を持っています。大型施設を擁するこのエリアが、日本の伝統的な「温泉文化」をパッケージとして提供できていることが、富士山エリア以外では数少ない成功事例となった要因と考えられます。
考察:少数の外国人が支える「24.7%」の消費額
なぜこれほどまでに山梨に外国人が集まり、地域にどのような影響を与えているのでしょうか。
1. 「7.3%の人数」が「24.7%の消費」を生む効率
今回のデータで最も注目すべきは、「消費のレバレッジ」です。
山梨を訪れる全観光客(約3,159万人)のうち、外国人は約229万人と、人数ベースでは全体の約7.3%に過ぎません。しかし、観光消費額で見ると、全体(約4,865億円)のうち外国人が占める割合は約24.7%(1,202億円)に跳ね上がります。日本人客に比べ、外国人客が地域経済に与えるインパクトがいかに大きいかを物語っています。
2. 「ビジネス客」の圧倒的な購買力
さらに、人数の割合以上に重要なのが宿泊ビジネス客の存在です。
訪日外国人の約12%にあたるビジネス客ですが、その1人あたり消費単価は257,310円と、観光客(27,207円)の約9.5倍に達します。短期の観光だけでなく、技術研修や業務目的での滞在が、地域の宿泊業や飲食業を深く支えています。
3. アクセスの良さと「富士山ビュースポット」の拡散
新宿から乗り換えを含めて約2時間〜2時間半。この「東京からの手軽さ」が、個人旅行者の急増を支えています。
SNSでは、「河口湖畔のコンビニ越しに富士山を望むスポット」のような、日常の風景と富士山が融合した景色が「クールな日本」として世界中に拡散されました。こうした特定の「画」を求めて訪れる旅行者が、現在の活況を生む大きな原動力となっています。
4. 観光消費額232.5%増の意味
訪日外国人の山梨県内における総消費額は1,202億円に達しました。
前年(約517億円)と比較して2.3倍以上の伸びです。県全体の観光消費額(約4,865億円)のうち、外国人が占める割合は24.7%。つまり、山梨の観光収入の4分の1は、いまや外国人の財布によって支えられていることになります。
まとめ:富士山ブランドを県内全域の活力へ
2024年の山梨インバウンドは、255万人宿泊・1,200億円消費という記録的な「大躍進」を遂げました。
特にタイをはじめとする東南アジア勢の台頭や、秋の紅葉シーズンの盛り上がりは、山梨観光が新しいステージに入ったことを示しています。
富士山周辺に偏るインバウンド需要を、石和温泉のようにいかに他地域へ分散・波及させられるか。1,200億円という市場の可能性を県全体で最大化するための戦略こそが、今後の山梨が向き合うべきテーマと言えるでしょう。
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出典:山梨県観光入込客統計調査報告書(山梨県・令和6年・確定値)、宿泊旅行統計調査(観光庁・令和6年・確定をもとに『となりの外国人』編集部が作成。